本 8/3
私は今夏休みなので、冷房の効いた部屋で毎日毎日アホみたいに本を読みまくってます。あと映画も観まくってます。最高~!!その中からいくつか・・・。
これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
- 作者: マイケルサンデル,Michael J. Sandel,鬼澤忍
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2011/11/25
- メディア: 文庫
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ナムジュンがオススメしてた「これからの『正義』の話をしよう」。
ベンサムの功利主義の章でオメラスの話がちょろっと出てくるんですけど、こういう繋がりを発見できると嬉しいですね〜。かなり流行ったから皆読んでるのかもしれないけど、これを読んだナムジュンが誰かに話して、そこからあのストーリーに繋がったのかな・・・?とか考えると(勝手に)嬉しい。
政治哲学は今までノータッチだったんですけど、これは超~初心者の私にも丁度いい易しさでサラッと読めました。私はわりと観念的・内省的な思想が好きで、かつ政治分野に全く興味がない、思想的協調性に欠ける人間なんですけど、政治哲学はやっぱりメチャクチャ現実的・具体的で新鮮でした。象牙の塔に住んでたら絶対にできない分野ですよね。読んでて、特にリベラルな「中立」という立場の弱点にハッと気付かされました。中立って万能じゃないんですよね。右でも左でもない中立は、場合によっては判断の放棄にもなるし、中立という主義・主張にもなる。そりゃ人間同士、完全な合意なんて決して至らないわ・・・。この多元的社会で、利害関係が複雑に絡んだ人間の集団が上手くやっていくには・・・っていうのは、超シビアで答えがないのに黙っていることは許されない非情なテーマなので、抽象的な思弁に嗜好が寄りがちな人もたまにはこういうのを挟むのもいいかもしれないですね・・・。現実社会を生きる生身の思想は武器だってことをビシバシ感じられます。
理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性 (講談社現代新書)
- 作者: 高橋昌一郎
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2008/06/17
- メディア: 新書
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感性の限界――不合理性・不自由性・不条理性 (講談社現代新書)
- 作者: 高橋昌一郎
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2012/04/18
- メディア: 新書
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知性の限界――不可測性・不確実性・不可知性 (講談社現代新書)
- 作者: 高橋昌一郎
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2010/04/16
- メディア: 新書
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以前読んだこの三部作も、そんな私みたいな初心者にピッタリな易しさで知的好奇心を刺激してくれる本でした。完全に民主的な多数決は存在しないらしいんですよ・・・。嘘だろ・・・?
これはねマジで超~オススメなんですよね。ほんとオススメです。
映画の構造分析―ハリウッド映画で学べる現代思想 (文春文庫)
- 作者: 内田樹
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2011/04/08
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内田樹の「映画の構造分析―ハリウッド映画で学べる現代思想」。
内田樹の本は何冊か読んでるんですけど、何を読んでも「頭いい人が頭悪い人にもわかりやすく書いた文章〜!!」って感じで読んでてウオ~てなります(頭の悪い感想)。
映画「以前」には「これから表現されるべきメッセージ」がまず存在する。主題、象徴、イデオロギー、教訓、風刺、欲望、なんでも構わない。映画作者はそのメッセージを映画を通じて「表現」する。だから、批評家は「映画に表現されたもの」から遡行して、「映画ができる以前にあったもの」、つまり映画の初期条件、映画の「起源」を発見すれば、仕事が終わる、と。記号学の用語を使って言えば、映画記号の「シニフィアン」から出発して、「シニフィエ」へ到達すること、「意味の確定」、それが批評の仕事の本質なのだと。
しかし、映画に「作者」はいるのでしょうか。むしろ「作者なき間テクスト」というロラン・バルトの概念の、映画こそは理想的なモデルであるように私には思われます。
バルトの"作者の死"という概念を映画に敷衍した「テクストとしての映画」は、読んでて嬉しくて踊り狂いたくなりましたね・・・。「ゴーストバスターズ」をフロイトのトラウマ・抑圧理論で、「エイリアン」をフェミニズム論で読み解くくだりはちょっと笑っちゃいましたけど、トンデモ理論として一笑するわけにはいかないとこがあって戦慄ですよ・・・フロイトってそういうとこなんですよ・・・。あとヒッチコック作品に出てくる「鳥」は「母なる超自我」の記号らしいです。そうなの?
フロイトとかユングとかの理論は、「こういう解釈もまぁ決して反証されないひとつの仮説・・・」というライトなスタンスで読めるのが気楽でいいんですよね。完全にエンタメ。