gomibako

思想・感情・オタク

みんなニーチェが好き

 愛から為されることは、常に善悪の彼岸に起こる。

(「善悪の彼岸」)

 

善悪の彼岸 (岩波文庫)

善悪の彼岸 (岩波文庫)

 

 

私が一番好きなニーチェアフォリズム(警句)です。深淵〜の次に有名なんじゃないかな?ニーチェの警句は好きなの挙げればキリないくらいいっぱいあって、どれも「こ、心のそんな奥まった裏側に~~~!??」ってところにズブズブグサグサ突き刺さるから、刺激的でたまんないです。

警句といえばニーチェウィトゲンシュタイン(「語り得ぬものについては沈黙しなければならない」)が有名ですよね。語り得ぬ~は前期ウィトゲンシュタインの思想をよく表わしていて、例えば「フォークの上で天使は何人踊れるか?」という命題に論理的な答えはないですよね。天使ってそんな小さいのとか、天使ってフォークの上で踊るのとか、そもそも天使って何?とか色々定義がはっきりしないことばっかりで、議論の意味がない。形而上の抽象的な命題については判断のしようがないんですよね。沈黙しなければならないっていうのはそういうことですね。

ラディカルで魅力的な警句を生み出せる人は、論理的な思考力に加えて鋭い感性、独特の着眼点、詩的な表現力と備わっていてメチャクチャ羨ましいな・・・どれかひとつでも欲しいよ・・・。

そういえばニーチェ超訳とかいう謎のスタイルで一時期話題になりましたよね。あれってどんな感じなんですかね?ちらっと見たら自己啓発本みたいな感じに編集されてるっぽいですけど、まぁそもそも超訳ってことにしたらなんだってどうにでもなりそうですよね。でもわかりやすさは正義なので、わかりやすくて万人が手に取りやすい思想解説本みたいなのはじゃんじゃん出て欲しいな〜。

 

超訳 ニーチェの言葉

超訳 ニーチェの言葉

 

 

日本人は皆ニーチェが好き(私含め)っていうのは、日本人は皆ショパンが好きっていうのと同じくらいの共通認識だと思うんですけど(多分)、萩原朔太郎が「ニイチェについての雑感」という評論(青空文庫https://www.aozora.gr.jp/cards/000067/files/1766_18402.html)でこんなことを書いてました。

 

 アフォリズムは詩である。故にこれを理解し得るものも、また詩人の直覚と神経とを持たねばならない。(…)ニイチェの思想の中には、カント流の「判然明白」が全く無い。それは詩の情操の中に含蓄された暗示であり、象徴であり、余韻である。したがつてニイチェの善き理解者は、学者や思想家の側にすくなくして、いつも却つて詩人や文学者の側に多いのである。

 

哲学+詩的感性〜〜〜〜!!!!そ、そうなんだよな・・・。いやそりゃ好きに決まってますわ・・・。ここで比較されているカントが書く文章はニーチェとは対照的で、ちょっと生硬で愚直な、詩的感性からは程遠い「研究者が書く文」って感じなんですよ。だから両者は理解するのに違った感性を用いる必要があって、カントは学者や思想家寄り、ニーチェは詩人や文学者寄りだ、っていう。

この評論で朔太郎は「ニーチェ、名前は有名だけどホントに理解してる人は少ないよね〜」言うてるけど今も似たようなもんなんだろうな・・・。我々の根深い西洋中心主義の土壌とか、宗教的・思想的感性の違いとかはもうしょうがない歴史だけど、あ〜〜~地球がひとつの国だったらな〜〜〜〜!!!!と思いますねほんと、、、、、、

 

ニーチェは若い頃からずっと、肉体的にも精神的にも病気を抱えて苦しんでいたんですけど、道で主人に激しく鞭打たれる馬車馬を見てその馬に駆け寄り、泣きながらその首を抱きしめた後卒倒して二度と正気に戻らなかった・・・という晩年のエピソードがあるんですよ。これ初めて知ったとき泣いちゃいましたよ・・・孤高で高邁な哲学者が、精神崩壊の間際にこんな子供返りみたいに・・・無邪気な感情をあらわにして・・・痛々しくってたまらない・・・そして何て文学的なんだろう。ドフトエフスキーがこういう話書いてそう。

ていうか調べたら映画になってるんですね!?知らなかった・・・。やっぱりこのエピソードに心の琴線かき鳴らされた人いっぱいいるんだろうな・・・。観てみたい! 


映画『ニーチェの馬』予告編

 

そういえばバンタンとニーチェの関わりもちょいちょいあるんですよね~。ナムジュンも前ニーチェについて言及してましたよね。

 

 

詩的感性の相乗効果・・・最高・・・。